2023年 第1号 Vol.185
 
 編集・構成 奥貫 晃

 
 
発行人:今井 康了
 発行:日本特撮ファンクラブG
 

  はじめに

 大変ご無沙汰しております。皆様如何お過ごしでしょうか。 '20年春先よりコロナ禍となって久しくなりました。読者の皆様の中でも業種によっては大変な方もおられると思います。感染された方には深くお見舞い申し上げます。幸い私自身は平日会社に出勤し三食食事を摂る日常生活は送れています(3度の予防接種も済みました)。Gスタッフでも勤務先でも感染者が出てしまいましたが、軽症で1週間で回復と、発生当時に比べるとかなり状況は変わりました。しかし毎月ほぼ1回行われていた Gの会合やイベントでGの仲間と会う機会が殆ど無くなってしまっているのが実情です。次回の『緯度G大作戦』がいつ行われるのかも目処がつきません。そんな中でこの『G会報』だけが唯一のGの活動だった訳ですが、なかなかモチベーションが上がらず遅れてしまった事をお詫び申し上げます。こうした中、'22年6月に我々Gと交流のあったお二人が亡くなられてしまいました。。


   さようなら、お〜いとしのぶ君

 昨年6月7日、癌のため御逝去。享年55歳。
 本名、大井智敦。平山亨さんに師事され、脚本家として円谷プロ社員時代には『ウルトラマンM730』等を担当、その後は『ドラゴンボール』、『テツワン探偵ロボタック』等を担当されました。      30代に肺癌を患い、無事回復はしたものの本土より大島の方が体調が良いとの事で、同地に住む期間が増え、しばらくは会う機会が少なくなっていました。      直近で会ったのは'18年11月の日東呑み会と記憶しています。 '21年春から急に体調を崩したとの知らせがあり、6月11日にGと日東の有志でお見舞いに行く予定だったのですが、残念ながらその機会を待つ事なく帰らぬ人となってしまいました。 Gとは姉妹サークル、『日東新聞』スタッフとして、『緯度G大作戦』で名物コーナー『毎超新聞アワー』のを担当されただけでなく、その伝手から『東京HIRAYAMAランド』ゲストの招聘に協力して下さり、影に日向にGの力になってくれました。 更に日東新聞主催の『日東呑み会』、金城哲夫さんの命日に行われた『金城会』を主催。多くの特撮、映像業界のみならず出版業界、サブカル関係の方々をゲストに招き、普段ならお会い出来ない方々と共に呑んで語らう席を設けて下さった事には感謝しかありません。 亡くなる直前まで創作活動に意欲を燃やしていたと聞きます。

慎んでご冥福をお祈り申し上げます。

   さようなら、中野昭慶さん

 昨年6月27日、敗血症のため御逝去。享年86歳。
 円谷英二監督、有川貞昌監督に次ぐ東宝3代目特技監督として、'70〜'80年代の東宝特撮作品を支えてこられた事は最早説明不要でしょう。     『竹取物語』を最後に劇場映画からは退かれましたが、それ以降は東宝映像美術の仕事の一つであるテーマパークを数多く手掛けられました。 初めてお名前を知ったのは『ゴジラ対メガロ』パンフレットでの裏話でした。「今や人類の味方となったゴジラには無闇に放射能熱線を使わせる訳にいかない。     そこでテレビで観た棒高跳びにヒントを得て、ゴジラに尻尾を支えにした飛び蹴りを考えついた」旨のコメントが印象に残りました。     更に『日本沈没』、『ノストラダムスの大予言』等の大作映画で大きくお名前が出て、子ども心に円谷英二監督が亡くなり今はこの人が東宝特撮の後を継いでいるのかと実感したものでした。     ただ、その後'78年に刊行された『大特撮』をはじめとする特撮ファン、評論家からの評価は決して良いものではありませんでした。確かに、円谷監督作品に比べると予算面で明らかに縮小されている感はありました。     しかしインタビューの内容は先のパンフレットの記事もそうでしたが、いつも的確で解りやすい内容だったと思います。     特に、東宝入社当初は特撮に興味があった訳ではなかったのが円谷組に配属され助監督として経験を積まれるうちに「(作り物を本物に見せてゆく)映画の本質は特撮じゃないか」と悟り本腰を入れるようになり、20代でチーフ助監督になられたエピソードは、特撮ファンとして溜飲が下がるものがありました。     撮影にあたっては大変綿密な取材をされていたそうで、特撮のメイキング的な話題以外にも大変博識でした。

 初めて実際にお会いしたのは'96年2月、都内で行われた「日東呑み会」でした。1ファンである私に大変気さくに接して下さり、印象が一気に良くなったものです。 Gの旅行にご同行して下さった事もありました。特に2008年、監督が関わられた『東武ワールドスクウェア』では現地で生の解説を頂きました。 また、『大特撮』についてはメインゲストに来られた『緯度G大作戦2007』にて、同書に携われた原坂一郎さんと打ち上げでご同席された事がありました。 これをもって「手打ち」となった訳ではありませんが、Gとしてこうした席を設ける事が出来た事はここに記しておきたいです。 お酒に強く「休肝日作れなんて酒呑まない人が言っている」は酒呑みにとっては金言でした。 「円谷監督の時代には監督は自宅から撮影所まで車の送り迎えがあったのが、僕が監督になった時期を境に無くなってしまった」というエピソードに象徴されるように、映画界のいい時代、悪い時代を体験されてきたのだと思います。 作品の仕上がりにはご自身としても決して満足ではなかったかもしれません。しかし予算と納期は常にキッチリ守っていたとの事で、こうした姿勢が東宝特撮の流れを繋いでいった功績はこれからもっと見直されてほしいです。

11月3日には浅田英一さんが発起人となり都内で中野監督を偲ぶ会が行われ、中野監督の元で働いていたスタッフの方々をはじめ、出版関係、我々Gスタッフやファンが集まりました。 樋口真嗣監督編集による名場面集が流される等、盛大な会となりましたが、コロナ禍で疎遠になっていたGや日東新聞のメンバーと久しぶりに再会しました。これも中野監督のおかげだと思っています。

慎んでご冥福をお祈り申し上げます。

 「監督、もうこっち来ちゃったんですか?」  
 「何言ってるんだ。君の方こそ早すぎるぞ」と、お~い君と中野監督が天国でこんな会話を交わしているように思えてなりません。 思えば、平山亨さん、田中文雄さん、中島春雄さん、中野稔さん、橋本幸治さん、中野昭慶さんと『緯度G大作戦』ゲストや『日東呑み会』にいつも来て下さった方々、そしてこうした席を設けてくれたお〜い君も亡くなられてしまいました。 Gスタッフの多くが50〜60代となり、親とほぼ同世代である方々が自分達より先に亡くなってしまうのはいつか来てしまう事なのですが、出来ることならばまだ先の事であってほしかったです。 そして同世代であるお~い君まで亡くなってしまうのは辛いです。50代ともなると学生時代の同級生、先輩後輩の訃報を耳にする事もありますが、この歳まで無事に過ごせてきた事がどれだけ有り難いか身に沁みる思いです。 しかし亡くなられた皆さんと一緒に呑み語り合えた事は私達にとって心の財産になっていると思います。

   『シン・ウルトラマン』

 昨年は前半から半ばにかけて3月に『ウルトラマントリガー』劇場版、5月に本作、7月に『ウルトラマンデッカー』スタートと、ウルトラ関連で異なるタイトルが短期間(実質2か月弱の間隔)に発表されるちょっと異例の事態となりました。 その中でもようやく公開となった本作は『ウルトラマンUSA』以来となった東宝マークのウルトラマン、冒頭から物語の前哨戦として『ウルトラQ』を持ってきた(ゴメスは『シン・ゴジラ』のゴジラCGデータ?改造)のにはまんまとハートを掴まれてしまいました。 更に変身の原理をある程度掘り下げる、ゼットンを操る宇宙人として誤記だった「ゾーフィ」を実際にゼットンを差し向けた存在に持ってきたのには、「なるほどこう来たか」と思わされました。一方、前半で怪獣とのバトル、中盤以降は知的生命体とのバトルというのは直前の『トリガー』劇場版と同じで、意外に全体の流れはウルトラマンの劇場版としてはオーソドックスだったのではないかと思います。 「人間と一体化しているためエネルギーに制約」、「人類を危険視し地球を滅亡させようとする敵」、「物語途中で主人公の正体が明らかにされる」といった要素もこれまでの作品でやってきた事でした。しかし何より本作が秀でているのは作品を通して「遊べる」ところに尽きるのではないでしょうか。 代表的なところでは「〜私の好きな言葉です」のメフィラス構文はウルトラシリーズ以外にも宇宙人が日本の諺や慣用句を当たり前のように使っていたのを逆手に取っていて(本作の外星人メフィラスはかなり以前から地球に来ている設定)、劇中繰り返される事で思わず日常会話で使いたくなってしまいます。
 『シン・ゴジラ』には及ばなかったもののかなりのヒットとなりましたが、普段このジャンルに興味のないと思われる一般客を取り込めたのはやはりゴールデンタイムのドラマで主役級を張る俳優が出演している事が大きかったと思います。 海外で賞を取った西島秀俊氏は『仮面ライダーBlackSun』に主演で、少し前は考えられませんでした。ヒロイン役の長澤まさみ氏にとってこの'22年は前半は本作、後半は『エルピス-希望、あるいは災い-』と、キャリアの中で大きな節目の年となったのではないでしょうか。 この後の展開として、『シン・ウルトラセブン』、『続・シン・ウルトラマン』3部作の計画があるようですが、『シン・仮面ライダー』も控えておりかなり遠大な計画に思います。気長に待ちたいところです。

   東宝旧作DVD続々発売

 東宝VisualEntertainmentに一体何が起きたのか。一昨年辺りからそれまで消極的だった東宝旧作、それも未ソフト化作品が次々と発売されており嬉しい悲鳴をあげています。 特撮関連では一昨年5月の『キングコング対ゴジラ』4K復元版から、『血を吸う』シリーズ+『悪魔が呼んでいる』、『変身人間シリーズ』、『東宝特撮・怪獣』といった4作品2枚組Blu-rayが発売されました。 この形態はすでに多くの作品がDVDで持っている身としては場所を取らない(3枚分のスペースで12作品)のがありがたいです。そして一般作品では7月に『めぐりあい』はじめ恩地日出夫監督作品がようやく発売となりました。 『めぐりあい』は決して世間でよく知られた作品ではありませんが、これで多くの人が観られる機会が増えました。実際にSNSで「初見だが大変感銘を受けた」旨の書き込みがいくつか見られた事は嬉しく思います。 8月には『国際秘密警察』全5作品が発売。脚本、監督が作品毎に異なるので作風はシリアスからコメディまで様々ですが、キャスト、スタッフの多くは同時期の東宝特撮作品でお馴染みの面々なので、未見でも東宝特撮好きな方ならスンナリと物語に入ってゆけるかと思います。 10〜12月には岡本喜八監督作品に『作戦』シリーズが発売、今後もこの調子で発売を期待したいところです。回し者のような言い方になってしまいますが、'60年代東宝娯楽映画黄金時代の作品群の魅力を多くの人に発見してほしいです。

   怪獣映画ラストシーン考

 '21年6月に『「キングコング対ゴジラ」コンプリーション』がホビージャパンより発売されました。同作の単独ムックは実は公開60年目にして初めてとなるのが意外です。 公には初出となる資料の中で目を引いたのは比較的長いエピローグが用意されていた第1稿・検討用台本でした。 ふみ子(浜美枝)と藤田(佐原健二)の結婚式当日、桜井(高島忠夫)と古江(藤木悠)がそれぞれキングコングとゴジラの着ぐるみを着てのドタバタで終わるラストで、喜劇色が強い本作ですが怪獣映画としては異例の感がありました。 観たかったような、カットして正解だったような感がありますが、昭和も平成以降も怪獣映画は主役怪獣の退場シーンをもって終了する、エピローグがあっても最小限に留めるのがいかに鉄則であるかを痛感させられます。 人間側のドラマがエピローグとなっているのは昭和の作品では同じ関沢新一脚本の『三大怪獣地球最大の決戦』ぐらいでしょうか。関沢氏としてはパターンを変えたい狙いがあったのかと思います。 平成ではエンドロールの後にエピローグを持ってきた手塚昌明監督作品がありますが、最後の最後はゴジラや機龍、怪獣に因んだカットでした。やはり怪獣映画の主役は怪獣なのでしょう。

   山際永三監督作品『狂熱の果て』

 第2期ウルトラシリーズで主力監督の一人だった山際永三監督のデビュー作、『狂熱の果て』('61年)が'20年ソフト化されました。 山際監督が所属していた新東宝倒産後、短命に終わった配給会社、大宝と製作会社・佐川プロ(プロデューサーは『忍者部隊月光』の佐川滉氏)による本作は、著作権の関係からか長年幻の作品となっていたようです。 ウルトラシリーズを含め、『コメットさん』、『チャコちゃん』等、テレビの児童向けドラマが作品歴の多くを占める山際監督ですが、本作は「破滅に向かう若者」を描いた内容で、我々が観てきた監督の作品では『恐怖劇場アンバランス』#4「仮面の墓場」や、『帰ってきたウルトラマン』テロチルス編や「許されざる命」に通じるものを感じました。

 新東宝作品は近年ではソフトだけでなくCSや配信等で観る機会はありますが、主役クラスは後のスター俳優がいるものの、脇役クラスが知らない俳優ばかりなのでなかなか物語に入ってゆけない事があります。何作か観てゆけば馴染んて来るとは思いますが、同時期の東宝作品が一般向け作品でも物語に入ってゆけるのは特撮・怪獣映画でお馴染みの俳優が出ている事が大きいかを実感させられます。 しかしスタッフに目を向けると意外と後年の東宝、東映等各社のテレビ映画で活躍されている方が多い事に気付かされるのです。映像ソフトやCSで'60〜'70年代のテレビ映画を観る機会が増えましたが、俳優にしろスタッフにしろ、日活と新東宝出身の人材が如何に各社で活躍されていたか、これはもっと取り上げられていいかと思うのです。 と思っていたら、新東宝の流れを汲む国際放映が'18年5月をもってドラマ製作から撤退していたとの事でした(『やすらぎの郷』が最後の作品と思われます)。個人商店的色合いが強かった三船プロや石原プロならともかく、大映テレビと共に映画会社を母体とする製作会社として国内のテレビ映画、テレビドラマ製作大手だっただけに、自分達の世代が生きている内はドラマ製作を続けていると漠然と考えていました。 いつまでもあると思うな製作会社(会社自体は存続していますが)という現実を突きつけられた思いです。それにしても東映が如何に逞しいかを実感させられます。

   同姓同名!?

 『仮面ライダーセイバー』、『仮面ライダーギーツ』助監督に「宮崎駿」なる姓名の人物がクレジットされており、気になってしまう方はいらっしゃるかと思います。 当然ながら同姓同名の別人で、Twitterでも紹介するツイートがありました。 映像業界関係者で同姓同名のケースは結構あって、テレビ洋画番組の吹き替え版で音響効果を担当している「赤塚不二夫」氏(オリジナルとそっくりの音を作れるそうです)、各社特撮作品の照明助手でクレジットされる「泉谷(いずみたに)しげる」氏が有名(?)なところでしょうが、この場合職種は異なります。 ウルトラシリーズで監督を務めていた「アベユーイチ(阿部雄一)」氏は、同姓同名で字も同じ演出家がいるためカタカナ表記にしたそうですが、この宮崎助監督の場合このまま監督に昇進したらどうなるのか、余計な心配をしてしまいます。そういえば放映中の朝ドラ『舞いあがれ!』ヒロインの父親が経営する会社名が「㈱IWAKURA(イワクラ)」、しかも所在地が大阪とは、「あれ?どっかで聞いた社名だぞ」と思ってしまったのは果たして私だけでしょうか。

   DVDマガジン

 発売中の『仮面ライダー』シリーズのDVDマガジン、現在『クウガ』に始まる平成作品の発売がスタートし、それまで『ライダー』関係のソフトは持っていなかったので買っています。 他にも昭和のテレビ映画では『GMEN'75』、『必殺シリーズ』、テレビアニメでは東京ムービー、タツノコプロ作品等、これらのDVDマガジンは30分ものでは『ライダー』は1枚5話ですがものによっては10話近く入って単価が1000円台と、ビデオソフトやLDの時代を思うと本当に価格が安いです。 LDBOXが30分シリーズ2クール分で4万円台だった(それでもビデオソフトが2〜3話で1万円前後した事を思えば安いものでした)のに比べると1/10ぐらいのものもあり、有り難く思ってしまいます。 それ以上に配信がどんどん主流になっており、旧作を視聴する事はかなり容易になりました。しかし20〜30年前を知らない世代には上記のような歴史があって今がある事は知っておいてほしいものだとオジサンは思ってしまいます。 しかしその一方でソフビ人形やプラモデルといった立体物は高くなりました。子どもの時分は手軽な趣味だったのですが、やはり模型店が激減してしまった事が大きいのでしょうか。 それと近年のソフビ人形でいただけないのはヒーローの背面が塗装されていない事です。かつては東南アジアで製造されたパチモノは背面が塗装されておらず、所詮パチモノだと思っていたらまさか正規品でそうしたものが出る時代が来ようとは。これはなんとかしてほしいです。

   【訃報】

 大森一樹さん
 昨年11月12日、急性骨髄性白血病のためご逝去。享年70歳。
 ’88年正月、『「さよなら」の女たち』、『私をスキーに連れてって』2本立てを観に行った際、劇場に貼られた東宝のラインナップが書かれたポスターに記された「『ゴジラ2/ゴジラVSビオランテ』脚本・監督 大森一樹」を見つけた時を思い出します。
 '78年26歳で松竹『オレンジロード急行』監督デビュー後、'80年代は吉川晃司3部作、斉藤由貴3部作と、東宝作品ではお馴染みのイメージがあったとはいえゴジラ次回作の監督とは思いもよりませんでした。しかし'70年代後半から'80年代にかけてゴジラ映画が空白期にあった理由の一つが、本編監督のなり手がなかなかいなかった事があった様に思うと正に大抜擢だったと思います。 そうした中登場した『ゴジラVSビオランテ』は様々な新しい試みの一方批判的意見もありましたが、決して失敗作ではなかった事は次作『ゴジラVSキングギドラ』で再び起用された事が証明していました。タイムトラベルを取り入れた同作のストーリーを『G会報』付録で知った時は「これ、本当にやるのか!?」と驚いたのは忘れられません。しかし川北紘一特技監督と共に見事映像化、作品は大ヒットとなり毎年のゴジラ映画を定着させました。
 ゴジラ映画の監督は2作に留まりましたが、これで「名のある若手中堅監督を怪獣映画に起用」がアリになった事は大きく、もし大森『ゴジラ』がなければ後の『ガメラ』金子修介監督の起用があったかどうか判らなかったでしょう。 ある講演会で「どんなジャンルの映画も描くものは愛と正義と勇気」とお話されていたと聞きます。やはりゴジラ映画の監督に相応しい人だったと思います。

慎んで御冥福をお祈り申し上げます。


池田憲章さん
 10月17日御逝去。享年67歳。
 『怪獸倶楽部』メンバーとして'77年、第3次ウルトラブームのきっかけとなった『ファンタスティックコレクション/ウルトラQ・ウルトラマン・ウルトラセブン』編集に携わった後、'79年『ウルトラセブン』TVシリーズを徹底的に掘り下げた『ファンタスティックコレクション/ウルトラセブン』事実上のメインライターとして、特徴的な文体とともにその名を強く印象づけられました。
 同時期には『アニメック』誌にて『SFヒーロー列伝』を連載。国産特撮TV作品のメジャーな作品から日の当たらなかった作品まで幅広く扱い、かく言う私もそうですがこの連載目当てで同誌を購読していた方は少なくないかと思います。 アマチュアでもこうして文章を書いている端くれとしては評論系のライターとして大きな存在だった事は言うまでもありません。『ファンコレ/ウルトラセブン』で「『ウルトラセブン』はこんなに語れるのか!」と圧倒された「ウルトラセブン総論」については、ゲストにお招きした『緯度G大作戦2004』にて「(執筆当時20代前半だったが)40歳ぐらいの大人が書いたような文章を意識した」との事でした。 後年、同書の影響もあって『ウルトラセブン』は持ち上げられ過ぎではないかという感を持った事もありました。 しかし発刊当時、それまで「子ども向け」とされてきた特撮、アニメを大人が観てもおかしくないものにしていくにはこれぐらいの姿勢で取り組まなければならなかった事も確かだったのです。この背景には大学時代にSF研究サークルに入ったものの、そこでは国産特撮作品がかなり低く見られている事を知り、そうした状況を変えていきたい思いがあったからだったそうです。  直接お話を聴いたのは'83年に実相寺昭雄監督と、亡くなられて間もなかった岸田森さんについての上映を交えたトークショーで、実相寺監督のみならず他のウルトラシリーズ本編監督の演出センスの違い等に言及する、商業誌で執筆されている以上に濃密な内容に「これは特撮ファンをやめられないぞ」と思ったものです。
 『緯度G大作戦2004』トークショーでの「(ウルトラシリーズの放映リストを初めて目にして)金城哲夫は自分のために脚本を書いてくれていたのかと思った」、「(様々な作品研究で判った事は)金城哲夫は人間を信じていたんじゃない、人間を信じたかったんじゃないか」と仰っていたのが印象に残っています。 現在は特撮、アニメ作品を扱った一般向けの出版物が大型書店ならコーナーが出来るほど常に発行されていますが、これは池田憲章さん、竹内博さんが道なきところに切り開いてきた道である事は心に留めておきたいです。特撮、アニメに限らず作品の見方、語る楽しさを教えてくれた人でした。

慎んで御冥福をお祈り申し上げます。

   コロナ禍の中で

 会報の発行が3年近く空いてしまい、改めて申し訳ありませんでした。 この間に多くの映像関係者、芸能人の訃報が相次ぎ、先日も水木一郎さんが亡くなられました。 慎んで御冥福をお祈り申し上げます。会社関連では東京現像所が'23年に業務終了とのニュースが入ってきました。 昭和より東宝、円谷プロ、旧大映東京等各社作品で当たり前のようにクレジットされ、近年も『キングコング対ゴジラ』、『空の大怪獣ラドン』4K修復作業や、ウルトラシリーズに久しぶりに参加と名前を目にする機会が多かっただけに寝耳に水でした。 また、東宝撮影所スタッフ、俳優の同窓会『砧同友会』が参加者の高齢化、故人の増加を理由に今年の開催をもって終了した事も年月の流れを実感させられました。 しかし、新作や関連商品、イベントに関しては盛り沢山で決して退屈はしませんでした。コロナ禍発生直後の'20年には撮影所閉鎖による一時製作中断やイベントの中止があったものの、それ以降は通常通り作品が製作、放映されています。TV作品では『ウルトラマンZ』、『魔進戦隊キラメイジャー』、『仮面ライダーリバイス』が健闘した他、『超絶パラヒーローガンディーン』、『ハイスクールヒーローズ』、『ガールガンレディ』といったミニシリーズが登場しました。
 戦隊シリーズは『ゼンカイジャー』、『ドンブラザーズ』と極端にテイストを変えながらそれぞれやれる事を目一杯やっている感があります。 終盤となった『ウルトラマンデッカー』はいつになく手堅い作りで俳優陣にも好感が持てます。 東映作品はプロデューサーと脚本家でテイストが決まるのに対し、円谷作品はメイン監督でテイストが決まる様に思えます(実際、内容にはメイン監督の意向がかなり反映されるようです)。ニュージェネウルトラシリーズは『ギンガ』からはや10年目、一時低迷していた関連商品の売上は伸びているのは嬉しく思います。『忍者烈風』、『妖ばなし』、『鎧勇騎月兎』のL4作品は一時再放送や規模縮小を強いられながらも製作、放映再開しましたが、製作者の本業が医療関係である事を考えると大変な事だと思います。

 劇場映画では『三大怪獣グルメ』、『特撮喜劇 大木勇造人生最大の決戦』といった低予算ながら怪獣の登場するコメディタッチの作品、'64年に大映で企画されたが製作中止となった『大群獣ネズラ』舞台裏を題材にした『ネズラ1964』が公開されました。今井会長がクラファンに参加した『ネズラ〜』は『今日もわれ大空にあり』の時代にF-15戦闘機が飛んでいて衝撃を受けましたが、関係者に伺ってみたところ既製のCGソフトを使った事と、夢のシーンなのでいいかとの事でした。 イベントでは『特撮のDNA展』が各所で行われている他、'22年は都内で3月〜6月に『井上泰幸展』、10月に『Xボンバー博覧会』が行われました。『井上泰幸展』はかなり大規模な内容でしたが特にメインとなった『ラドン』岩田屋デパート周辺のセット再現が圧巻で、飛来したラドンは写真パネル切り出し、ここでの主役はあくまで街のミニチュアセットという徹底ぶりでした。 『Xボンバー』は本放映当時『デンジマン』の裏であまり観ていた訳ではなかったのですが、展示を観て「『Xボンバー』にここまで情熱を傾ける人がいるのか」とほだされる思いでした。映像ソフトでは'21年5月に待望の『キングコング対ゴジラ』4K修復版BDが発売されました。『午前十時の映画祭』で公開中の『ラドン』も同様にソフト化されないか待たれるところです。

 出版物は色々と出ましたが'20年6月にはGスタッフ鈴木聡司の力作『映画「ハワイ・マレー沖海戦」をめぐる人々』が刊行された事を忘れてはいけません。 戦前戦中の作品でよくここまで調べたと思います。プロ野球では東京ヤクルトスワローズが'21~'22年、最下位から2年連続優勝を果たしました。日本シリーズ2連覇は惜しくも逃してしまいましたが、吸収合併されているとは言えバファローズとして初の日本一は祝福したいです。ところで'22年エイプリルフールに『ゴジラVS阪神タイガース』という、まるで今井会長のためのような企画が出たのには笑ってしまいました。現在阪神電鉄は阪急東宝グループ傘下なので東宝と阪神球団は同じ企業グループなのですが。

 さて'23年には春に『シン・仮面ライダー』が控えているのに続き、11月3日には山崎貴監督『ゴジラ』新作公開が発表されました。同監督による怪獣映画と以前から発表されていましたがゴジラとはまさかというかやはりというか…。今回気になる設定は舞台が第一作以前の昭和22年らしいですが果たしてどんな切り口の作品になるのか。それと製作が東宝と山崎監督のROBOTの提携だそうですが、ゴジラ映画で東宝以外の資本が本格的に入るのは初めてでしょう。 『シン・ゴジラ』ではシネバザールの名前が当初製作にありましたが実際は殆ど名前は出ず、庵野秀明監督のスタジオカラーの出資で予算の不足分を補えないか進言したところ、東宝側からは著作権が分散するという理由で断られたそうで、その後方針の変化があったのかちょっと気になります。
 それにしても『シン・仮面ライダー』に浜辺美波氏、『シン・ウルトラマン』に長澤まさみ氏、『ゼンカイジャー』に森日菜美氏の女優陣が、男優陣はウルトラシリーズで『タイガ』霧崎役の七瀬公氏、『Z』バコさん役の橋爪淳氏、『デッカー』リュウモン役の大地伸永氏と近年東宝芸能所属の俳優が各社特撮シリーズへの出演が続いています。肝心の?山崎監督『ゴジラ』にも東宝芸能から誰かしらキャスティングされるかと思われます。些かベタではありますが上白石姉妹の小美人なんて、やるなら今のうちだと思います。

   おわりに/日本特撮ファンクラブG 創立40周年

 お陰様で'21年4月29日を持ちまして日本特撮ファンクラブGは創立40周年となりました。私個人としては'81年夏、『第一回アマチュア連合特撮大会』小部屋企画には混んでいて入れず、翌年6月、六本木で行われた『フランケンシュタイン対地底怪獣』上映会がGとの初めての関わりでした。
 やがて『緯度G大作戦』の存在を知り、毎年行くようになりました。私としては'96年にスタッフとなって27年、’00年会報担当となって23年となります。 この間、決して順風満帆だった訳ではなく悲しい出来事もありました。創立以来のメンバーだったモゲさんこと中出知光のあまりに突然過ぎる死。また何人かの仲間が様々な事情でGを去ってゆきました。『緯度G大作戦』のスタイルも、以前のものとは大きく変わりました。しかしここまで続けて来られたのはスタッフみんなが特撮が好き、Gが好きという気持ちがあったからこそだと思います。『緯度G大作戦』当日までの準備中は大変な事があっても、終わればまた来年もやろうと思ってしまうんですね。残念ながら現在は開店休業中ではありますが、いつかまた『緯度G大作戦』が開催出来る日が来ると信じています。スタッフの多くが50代60代となりましたが、足腰と頭が元気なうちは続けてゆけたらと思っています。
今後ともどうかよろしくお願い申し上げます。